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 ● 悪弟子の命脈    編集発行人後記

       本文につきましては、「立読みコーナー」にお立ち寄りください。

 1999年1月20日に、大島さんの
  『悪人をたのむ ─ 一人の信の公共性 ─』
が「一行の会」で発行している雑誌『一行』の第五十号記念の特別発題として行われたものを、仮立舎から発行した。そして、完売してしまい、2001年7月には増刷ということを迎えてしまった。少部数のものしか発行しないこの仮立舎としては、およそ想定できぬことであった。
 そして、今回、雑誌『一行』の第一〇〇号記念の「一行の会」例会での発題を特別発題(本来は順番制)として大島さんに担ってもらい、この時の講演を本にしたものが、この、
  『悪弟子の命脈』
である。時は、2002年10月29日、「一行の会」例会は、会処である西東京市の遍立寺においてこの発題は行われた。
 前回は、大島さんの特別発題を例会会員の三人だけが聞いたのであるが、今回は、一応、大島さんの了解を得て(つまり、「勝手にしろ!」ということ)、遠隔地会員と数人の方々に「御招待状」なるものを、お送りした。この「御招待状」はとんでもない代物で、単に大島さんの「一行の会」の特別発題聞くことが出来るという、それだけのことであり、むろん会費は徴収しないのだが、会処までの交通費は自己負担であり、予定してあるその後の会食は、参加した人の割り勘というシビアなものであり、とても「御招待状」という名をつけるには、厚かましすぎるものであった。
 それでも、十余人が遍立寺に参集されたのには、驚きの他に何ものをも言うことができない。私は、この大島さんの特別発題を聞いたところで、聞いた人が世間的に何かを評価されるわけでもなく、また、かえって厄介なことに眼を向けざるを得なくなるということを知っている。おそらく、参集された全員が、何か得になることや解決を求めてここに来られたということではないだろう。いわば、「唯、聞く」ということで来られたのだ。そのように思った時、ごく自然に、
  浄土の真宗は証道いま盛りなり。
という言葉が心に浮んできた。「この事実が証なのだ」と。もっと言えば、本当に人生に取り組んでいこうとしている人達を生み出し、人生を聞き開くという場を出現させた証し、それが正しく「仏の事業」であると確信したのである。
 参集された方々は、経済状態・健康状態・社会的環境状態などに問題がない人というわけではない。それどころか、深いというか、重いというか、そういうものを抱えて来ておられるのだ。そして、深さ・重さということを、いよいよ感じられてお帰りになったことだろう。そういう意味では、実に大きなお土産を手渡されたということではないだろうか。それをもって、「御招待状」としたことの「正当性」(?)が、なんとか保たれたのではないかと思っている。

 実のところ、私はなかなかこの『悪弟子の命脈』の編集に取り掛かることが出来なかった。身体的には右耳が「突発性難聴」に罹っており、しかも2003年の1月には右上の親知らずの抜歯のために、通院して治りかけていたのが、発症したときよりも酷い状況になってしまった。で、テープ起しという耳を集中させる作業が辛かったということがある。そういうことはあるのだが、それ以外にもっと大きなものがあって、テープを何回か聞いているうちに考え込んでしまったということがあるからだ。そちらの方が大きくなって、なかなか編集作業に掛かれなかったのが事実だ。
 「そちらの方」とは、私においては、八王子の今井先生のお寺で『阿弥陀経』の学習会の講師を賜っているので、『阿弥陀経』における「行」ということにどうしても考えが向いていたからである。むろん、第十七願に問題のことである。
 こういう状況の中で、テープ起しを全面的にしてくださったのが、大分県野津町の木本 芳さんであった。参集された中のひとりである。深く感謝しております。
 しかし、表記に関しては、木本さんも骨っぽく、私と厳しく対立するものがあった。「よきことにてそうろう」と思う。「たすかる」「たすからない」「いう」や大島さんの方言(?)と思われる「いえば」などについては、最終的には私の感覚で表記を決定した。
 私は、テープを聞きながら、あるいは打ち出したものを見ながら、ある面では木本さんの意向とはかけ離れた編集をしたということになるだろう。「本にする」ということを前提にするために、どうしても、テープ通りの原稿では意図が伝わりにくいところもあるので、やむを得なかったということが、言い訳である。しかし、彼女の大きな協力があって「大島さんの語り口」をたっぷり含み、しかも「読ませる」書物になったという自信は、十分にある。

 今回は、廣瀬 惺さんの推薦文を本文に先立って、本の中に組み込んだ構成にした。ある面では異常かもしれない。しかしながら、「課題として受けとめていく」という魂こそ、大島さんと廣瀬さんとが共振するところなのであり、そのことの大事さを私自身が感じたので、敢えて「推薦文」を本体に組み込んだということなのである。
 それは、大島さんが発題として提起されたこともさることながら、受けとめる側・聞く側の在り方が、推薦文に提起されているということである。その重要さを感じるがゆえに、別刷りで挟み込むことやホームページでの紹介だけに終わらせてはならないと、強く感じたからである。

 この本の題名は『悪弟子の命脈』であるが、そのことを直接的に解説しているようなものではない。「生き方の事実」ということを通して、「悪弟子」こそが阿弥陀仏の浄土を開く「機」であることが説かれている。そのことは、私どもにとって「悪弟子」ということが「課題」として提示されたということだ。本当に「悪弟子」になるということは容易ではない。まして自分で「悪弟子」を自称できるものでもない。しかも「善弟子」たらんとすれば、確実に浄土の真宗から離れていく。

 『悪弟子の命脈』とは、本山への悲しみを包んだ批判であると同時に、事実として「悪弟子」の「命脈」こそが、「浄土の真宗」を顕現するものであることを、大島さんは宣揚したのである。  読者諸氏とともに、『悪弟子の命脈』を通して、それぞれにおいて、課題が見出され、展開してくることがあるならば、仮立舎の慶びとするものである。
 一つ、後日談を披露しておきたい。
  「信心なんかあったら、おっかなくてあんな話は聞いていられないよ」
という感想の言葉を、参集されたある住職から私は直接にお聞きした。そのことを大島さんに伝えたときに、大島さんは破顔一笑、私も実に嬉しかった。

 最後に、特別発題に応じて下さった大島さん、書名を書いてくださり、また会処の場を提供してくださった遍立寺住職・朝倉さん、確実なテープ記録をしてくださった井上さん、遠方から来られたにも係わらず会食用の「お土産」を持参された方々、そして、参集された方々全員に、感謝申し上げます。また、番外ですが、持ち込みの「お土産」の品々を快く調理してくださった田無駅前の蕎麦店・「さらしな」店長にも、お礼を申し上げます。

  2003年(平成15年)7月20日            
                            仮立舎代表  大竹 功


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