自称・真宗大谷派の一門の超ミニ出版社 仮立舎
     創立登記 平成06年01月の怠惰な出版社のホーム・ページの、附録的なページ


◇「晩節月報中表紙」◇ 

 2013年2月から「晩節月報」スタート。これまで雑誌『一行』に出稿していたが、それが終刊したので、時々ものを言ってみようということで、真面目に取り組みたい。しかし、本人は真面目に取り組んでいるつもりでも、他人様にはどう見えるのかは石をぶつけられるまでは、わからない。 月報と称していても「毎月1回掲載」は難しいかも知れぬ。ジジイは、動きが鈍い。そうであっても、乞ご期待!

       晩節月報を支える「たましい」

                 晩節月報
2013年1月 2013年2月 2013年3月 2013年4月 2013年5月 2013年6月

2013年7月 2013年8月 2013年9月 2013年10月 2013年11月 2013年12月 

2014年1月 2014年2月 2014年3月 2014年4月 2014年5月 2014年6月

2014年7月 2014年8月  2014年9月(以降、ホーム・ページ移転問題等のため休載)

 私自身が「浄土真宗の純粋性」などを声高に言うのではありません。宗祖親鸞の教えが浄土真宗教団で適切に遵守されているかどうかについて云々するつもりもありません。「教団」となれば、それは「人間の組織」です。様々な人間がその教団に「人間的」に関与するのですから、宗祖の教えと齟齬があったとしても、教団を構成する人々において許容できる範囲であるならば、それはそれでそういうことであるということなのでしょう。そういう問題には私は、鷹揚なのです。「教団のやっていることは、親鸞の教えに背くものだ!」などと言うつもりはさらさらないのです。私には教団改革の意志は全くありません。どうにかなるようなものじゃぁないくらいは、弁えているつもりです。

 私は「言うだけ」です。つまり,ここに書くだけです。反論なり批判なりはあるかも知れないのですが、これまでに「叩かれてきた経験」からしますならば、それは「噛み合わない」論なのでありまして、「論じ合う」こと自体が、不毛の作業になってきます。
 それゆえ、反論なり批判なり、あるいは非難なりに応じてここにその論を転載することもしません。メールや文書を頂いても、受け取ったか読んだのかどうかの返事もしません。もし、その人がホームページやブログを持っていて「ここを見よ」とお教えくだされば見るかも知れませんが、それへの感想も述べません。引用してタタクのもご自由にどうぞ。

 しかしまあ、余り歓迎はしませんが、「どうしても一発、大竹に言っておかなければならない」と思っている方は、下記のメール・アドレスが平成27年2月28日から運用開始になりますので、それをお使いください。あくまでも真宗大谷派の門徒としての立場からの大竹発言でして、お他宗からの指摘は、おそらく噛み合わず、ご返事もすることはないでありましょう。


 つまり、基本的には一方的に「言うだけ」です。
 何のために? 「南無阿弥陀仏」の「呪文からの解放」のためです。「南無阿弥陀仏」の意識内容の表現が、浄土真宗の「教・行・信・証」であることが諦かであることを、自分自身が忘れないためにです。
 私においては、
 
南無阿弥陀仏=さまざまにいのちをあらわすかの方々と、ともにまた、生きて往かん。
が、門徒としての生活規範です。私の意志や願ではありません。「仏願」「本願」をこう受取っているという事です。


「晩節月報」執筆は、仮立舎代表の大竹 功です。 

   E-mail   2ke7ri5u7sha@minos.ocn.ne.jp

2ke7ri5u7shaから数字を削除して文字を寄せたアドレスでお送りください。大量のスパムメール対策のためです。ご容赦下さい。